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京都地方裁判所 平成元年(ワ)2647号 判決

原告

濱本與一郎

右訴訟代理人弁護士

中島晃

被告

桶川源次郎

被告兼右訴訟代理人弁護士

野村侃靭

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、各自金二二六万七五六八円及びこれに対する平成元年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告桶川に対し、債務名義に基づく金一〇六万七五六八円の遅延損害金債権を有していたところ、同被告が、訴外舟津志か外五名の原告に対する求償債権の譲渡を受けて相殺したことにより、原告の遅延損害金債権が消滅したとして請求異議訴訟を提起するとともに強制執行停止決定を得たのは、原告の強制執行の妨害を目的とした不当訴訟であり、また被告野村が右事件に関し、被告桶川の訴訟代理人として訴訟追行する一方、訴外舟津志か外五名の代理人となり、原告に対して、右求償債権の支払いを求める訴訟を追行した行為は、弁護士の職務上の違法行為であると主張し、不法行為に基づく損害賠償として、執行不能となった遅延損害金相当分に、右請求異議訴訟の応訴に要した弁護士費用(第一審の着手金三〇万円、報酬二〇万円、控訴審の着手金二〇万円、報酬一五万円)及び旅費日当(第一審一〇万円、控訴審五万円)の合計金二二六万七五六八円の支払いを求めた事件である。

一争いのない事実(明らかに争わない事実を含む。)

1  昭和四二年ころ、原告は、石川県小松市で織物業を営み、被告桶川は、同市内で機料店を経営していた。

2  原告は、昭和四三年八月一三日訴外石川県との間で石川県中小企業近代化資金貸付に関する契約(以下「貸付契約」という。)を締結して四八万円の貸付けを受けたが、その際訴外亡舟津栄次郎(以下「舟津」という。)及び訴外亡松ケ中與作(以下「松ケ中」という。)は右契約につき連帯保証した。

3  ところが、原告は、合計二〇〇〇万円以上の債務を負っていたにもかかわらず、右負債の弁済や事業資金に窮し、昭和四五年八月一八日ころ、家族に行き先を告げずに家を出、以来京都市内の従兄方等に身を寄せて小松に帰らず、債務の整理を放棄した。そして、原告は、前記貸付契約についても昭和四五年七月三一日分として一二万円を支払ったものの、昭和四六年七月三一日分以降の合計三六万円の残債務の支払いができなくなった。

4  ところで、被告桶川は、昭和四六年四月一二日当時、原告に対し元本合計四三〇万三六〇〇円の債権を有しており、原告の石川県に対する前記貸付契約債務を弁済するにつき利害関係を有する第三者の地位にあった。そこで、被告桶川は右同日石川県に対し原告の残債務三六万円を支払い、原告及び連帯保証人たる舟津、松ケ中に対し石川県に代位した。

5  被告桶川は、その債権の一部を回収するため、原告の織機等に設定されていた譲渡担保権を実行するとともに、他の債権者らと相談して、当時の原告の住所地である石川県小松市の原告方に残っていた家族の承諾を得、その家財道具の一部を処分した。これを知った原告は、昭和四七年ころ被告桶川らに対し、右行為が不法行為に当たるとして損害賠償請求訴訟を提起し、一審判決を経て、昭和六〇年五月一五日名古屋高等裁判所金沢支部(昭和五六年(ネ)第四七号、第七一号及び同支部昭和五七年(ネ)第一二六号損害賠償請求控訴事件)において、被告桶川に対し、原告に金三二四万九〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年八月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを命ずる判決があり、同被告が上告したものの、昭和六二年九月二二日最高裁判所において、上告棄却の判決があり、右原告勝訴判決(以下「本件債務名義」という。)は確定した。

6  そこで、原告は、右確定判決に基づき被告桶川に対し、強制執行したところ、同被告は、昭和六二年一二月二四日、右債務名義に掲げられた元本債権の金額である三二四万九〇〇〇円を、昭和六三年四月五日、本件債務名義に掲げられた右元本債権に対する昭和四八年八月三日から昭和六二年一二月二八日までの年五分の割合による遅延損害金二三四万一四四五円の内金一二七万三八七七円を、それぞれ金沢地方裁判所小松支部執行官に提供して、原告に弁済した。

7  しかし、本件債務名義による遅延損害残金一〇六万七五六八円については、被告桶川は後記(一)、(二)の債権を訴外舟津志か外五名(舟津志か、舟津武、舟津栄二、舟津曽登美は舟津の相続人、松ケ中初子、松ケ中博は松ケ中の相続人、以下「舟津ら」という。)から譲り受け、右債権合計一〇六万七五六八円をもって原告に対し順次相殺する旨の意思表示をなし、その各通知は、昭和六三年三月八日、同二九日それぞれ原告に到達したので、右遅延損害金残金一〇六万七五六八円は、相殺により消滅したと主張して、支払いを拒絶した。

(一) 被告桶川を原告とし、舟津の相続人外二名を被告らとする金沢地方裁判所小松支部昭和五五年(ワ)第六七号求償金請求事件の確定判決に基づき原告に対して有することとなった訴外舟津志かの求償債権四四万一九一六円、同舟津武の同債権一七万六七六五円、同舟津栄二の同債権一七万六七九四円及び同舟津曽登美の同債権一三万九〇九一円

(二) 被告桶川を控訴人、原告及び松ケ中外二名を被控訴人とする名古屋高等裁判所金沢支部昭和五七年(ネ)第一二六号求償金等請求控訴事件の確定判決に基づき原告に対して有することとなった訴外松ケ中初子の求償債権一〇万六四〇二円及び同松ケ中博の同債権二万六六〇〇円

8  そして、被告桶川は、被告野村に委任し、同被告が訴訟代理人となって、昭和六三年四月五日原告の本件債務名義の執行力の排除を求める請求異議の訴えを提起するとともに(金沢地方裁判所昭和六三年(ワ)第一二五号事件)、強制執行停止の申立て(同裁判所昭和六三年(モ)第九〇号事件)をし、右申立ては認容され強制執行停止決定がなされた。そして、右請求異議事件は、昭和六三年一一月九日、請求棄却の判決が言い渡されたが、被告らは、同月二二日、控訴を提起した(名古屋高等裁判所金沢支部昭和六三年(ネ)第一六二号事件)上、控訴にかかる強制執行停止の申立て(同裁判所昭和六三年(ウ)第八一号事件)をし、右申立ては認容され強制執行停止決定がなされた。右請求異議控訴事件についても平成元年五月二四日、控訴棄却の判決が言い渡されたが、被告らは、同年六月五日、上告を提起した(最高裁判所平成元年(オ)第一一一七号事件)上、上告にかかる強制執行停止の申立て(名古屋高等裁判所金沢支部平成元年(ウ)第三二号事件)をし、右申立ては認容され強制執行停止決定がなされた。しかし、請求異議上告事件は、平成元年一〇月一九日、上告棄却の判決が言い渡され、これにより右請求事件は、請求棄却の判決が確定した。

9  一方、舟津らは被告桶川との間で前記事前求償債権の譲渡契約を合意解除することを予定し、前記請求異議事件の上告の日の翌日である平成元年六月六日、弁護士である被告野村に委任して、原告に対する求償金請求の訴えを金沢地方裁判所小松支部に提起した(金沢地方裁判所小松支部平成元年(ワ)第五七号事件)。そして、同年八月一二日、被告桶川と舟津らとの間の債権譲渡契約は合意解除された。右求償請求の訴えは原告欠席のまま、同年九月二二日、舟津らの勝訴の判決が言い渡され、同年一〇月一二日、確定した。

10  舟津らは、被告野村に委任して平成元年一〇月二五日、京都地方裁判所に対し、右求償金請求訴訟の確定判決を債務名義として舟津らを差押債権者、原告を債務者、被告桶川を第三債務者とする債権(本件債務名義に基づく残債権)差押え及び転付命令の申立てをし、同月二七日、同裁判所によりそれが認められた。

11  右債権差押え及び転付命令の発布により、原告の被告桶川に対する前記遅延損害金残債権一〇六万七五六八円の取り立てが不能となった。

二争点

1  被告桶川の原告に対する請求異議訴訟の提起及び上告が原告の強制執行の妨害を目的とした不当訴訟として不法行為となるか。

2  被告野村が被告桶川の代理人として原告に対する請求異議訴訟を提起して追行し、さらに上告した行為が不法行為となるか。また被告野村が、舟津らの代理人として事前求償権請求訴訟を提起し、その確定判決を債務名義として舟津らを差押債権者、原告を債務者、被告桶川を第三債務者とする債権差押え及び転付命令をえて、原告の被告桶川に対する遅延損害金債権の執行を不能にした行為が不法行為となるか。

第三争点に対する判断

一争点1について

1 およそ民事訴訟を提起したものが敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、裁判を受ける権利(憲法三二条)の尊重と応訴を強いられるものの経済的、精神的負担との調和の観点から、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁三小昭和六三年一月二六日判決・民集四二巻一号一頁参照)。

2 右観点から本件を判断するに、被告桶川が請求異議訴訟において相殺を主張した受働債権は、不法行為に基づく損害賠償債権の遅延損害金の一部であるところ、民法五〇九条の立法趣旨に鑑み、債務不履行による遅延損害金債権を受働債権とする相殺については、その債務不履行を構成する事実が同時に不法行為としても評価できる場合に限り同条の適用があるものと解する余地のあることは充分に考えうるところ、被告桶川が自己の原告に対する債権の満足を得られないまま、原告の提起した損害賠償請求訴訟に上告審まで争いながら敗訴した右訴訟の経過及び右訴訟の控訴審判決確定後間もなく被告桶川が右損害賠償債権の元本全部と遅延損害金の大半を執行官に提供して弁済した事情に照らせば、右請求異議訴訟が著しく相当性を欠いていたものと認めることはできない。

他に、被告桶川において原告の強制執行の不当な妨害目的を有していたことを認めるに足りる証拠のない本件では、被告桶川の請求異議訴訟の提起及び追行により原告に対する関係で不法行為が成立するものと断ずることはできない。

3  なお、被告桶川は、請求異議事件の控訴審判決に対する上告提起後である平成元年八月一二日に舟津らとの間の債権譲渡契約を合意解除しているが、同被告が右事件につき一、二審において敗訴していること、上告審が法律審であること、既判力の標準時は事実審の口頭弁論終結時であること、結果として上告が棄却されていることからすれば、右合意解除がなされたからといって直ちに右請求異議事件の上告やこれに伴う強制執行停止の申立てを取り下げなければならない義務があったとまではいいがたい(仮に上告が認められ、被告桶川の主張する相殺が有効と確定したとすれば、右合意解除によって舟津らが原告に対する求償債権を回復することはなかった結果となるのにすぎない。)。

二争点2について

1 依頼者から訴訟の提起・追行・上訴等の訴訟行為を委任された弁護士がいかなる場合に訴訟の相手方に対して不法行為責任を負うかについては、弁護士としての職務の性質からすれば、訴えの提起が違法であることを知りながらあえてこれに積極的に関与したり、違法提訴であることを容易に知りうるのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及ぶなど、代理人としての行動それ自体が不法行為と評価しうる場合に限り、相手方に対して不法行為となると解するのが相当である。

2 そこで、被告野村が被告桶川の代理人として原告に対する請求異議訴訟を提起して追行し、さらに上訴した訴訟行為が弁護士としての職務上不法行為を構成するか否かについて判断するに、争点1で検討したように、被告野村が被告桶川の訴訟代理人としてなした前記請求異議訴訟の提起及び上告は、法律の専門家である弁護士という立場を考慮してもなお相当なものとして首肯しうるものであってこれを違法な行為であると解することはできない。

3 また、被告野村は、一方では被告桶川の代理人として請求異議訴訟を維持して被告桶川が舟津らから事前求償権の債権譲渡を受けたと主張しながら、他方では舟津らの代理人として同一債権について事前求償権請求訴訟を提起し、その確定判決を債務名義として舟津らを差押債権者、原告を債務者、被告桶川を第三債務者とする債権差押え及び転付命令をえて、結局原告の被告桶川に対する遅延損害賠償債権の執行を不能にしており、右請求異議訴訟と求償債権訴訟とは両立しない関係にある。しかしながら、前記のとおり、求償債権の帰属については原被告間で争いがあり、裁判上も未確定の状態にあったところ、被告桶川は原告の石川県に対する貸付契約残債務三六万円につき、利害関係を有する第三者として昭和四六年四月一二日に弁済して、原告及び舟津らに対する関係で石川県に代位しており、舟津らは被告桶川から右債権を請求される地位にあり、また、舟津らは原告に対し受託保証人として事前求償権を有する地位にあることからすれば、被告野村が、原告、被告桶川、舟津らの法律関係を公平かつ合理的に解決しようとして、種々とりうる法的手段の関係を考慮し本件のように処理したことは、法律上許される範囲内の訴訟行為と評価できるのであって、結果的に原告の被告桶川に対する強制執行が不能になったとしても、不法行為が成立するとはいいがたい。

(裁判長裁判官堀口武彦 裁判官奥田哲也 裁判官杉浦徳宏)

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